大報恩寺(千本釈迦堂)

 

大報恩寺(千本釈迦堂)

京都の西陣エリア(上京区)にある大報恩寺をお参りしました。

別名 千本釈迦堂とも言い、その名の謂れは

近くを通る千本通り、千本の卒塔婆や千本の桜があることなどから

きています。

 

「おかめ発祥の地」でも有名ですね。。

 

創建は1221年(承久3)

藤原秀衡の孫、義空上人比叡山で修行の後、建立されました。

草堂であった敷地内も

摂津国尼崎の材木商から暖かい寄進を受け

本堂が完成。

倶舎・天台・真言といった三つの宗派を兼ねた

歴史ある立派なお寺です。

様々な戦火からも免れ、今に至ります。。

(^^)

 

毎年12月には大根焚きが行われ

たくさんの人々がお参りに来られます。

 

年末のメディアで見かけるあの「大根焚き」が

こちらのお寺なんですね!

一度機会があれば、食べてみたいです。

(^∇^)♪

 

稲荷社

茶吉尼天尊 天上多田稲荷大明神が祀られています。

普段あまり見たことがない、お千度石がありました。

 

お百度参りはよく聞きますが

お千度・・かなりたくさん周らなければならないようですね。。

 

 

おかめの像

大工の棟梁 長井飛騨守高次(ながいひだのかみたかつぐ)の妻 おかめ

長井飛騨守高次は本堂の建築造営にあたり、

柱の寸法を誤って切ってしまい計画に深刻な影響が出てしまいました。

そこで彼の妻であるおかめが、斗組(ますぐみ)を用いることで問題を解決する

ことができるかもしれないと提案。

そのアドバイスに従って工事は再開し、無事に完成することができました。

しかし、おかめは自分の助言が主人にとって良くない事だったと判断し

上棟式を待つことなく自害をしました。

その後、高次は妻の冥福を祈るために宝篋印塔(おかめ塚)を建設し、

おかめの名前にちなんだ扇御幣を作って飾りました。

 

おかめは、自分を責めなくてもよかったのに

とても残念で悲しい結果になってしまいましたね。。

 

北野経王堂

 

太子堂

 

不動明王堂

この時期、桜がとても綺麗です♪

(^o^)

 

本堂(国宝)

 

ご本尊は釈迦如来像(重要文化財)。

快慶の弟子、行快が残した大変貴重な仏像です。

 

快慶(かいけい)

鎌倉時代において活躍した仏師 快慶は、

運慶と共に鎌倉時代を代表する仏師の一人とされています。

この慶派と呼ばれる流れの仏師たちは、

の字を多く名前に用いり

快慶は安阿弥陀仏の作品も手がけており、

彼の作風は理知的で繊細さが特徴的であり、

安阿弥様と呼ばれるほどです。

また快慶は運慶とともに、
平重衡の兵火(治承4年・1180年)で壊滅的な被害を受けた東大寺、興福寺など南都
の大寺院の復興造仏事業に携わりました。
東大寺でのお水取り(修二会)の際、快慶は
「大仏脇士観音並広目天大仏師快慶法眼」と文字数も長く読み上げられ、
様々な功績を残したことでも有名です。

 

 

ぼけ封じ観音像

武家争いが活発だった平安時代の末期、
後白河上皇は膨大な問題に直面し
深刻な頭痛に悩まされたと伝えられています。
しかしその頭痛を治してくれたのが、こちらの観音様だったのです。
この頭痛を鎮める霊験から、ぼけ封じの霊験が生まれました。
ボケ封じの第一霊場は、今熊野観音寺(近畿十楽観音)です。

 

たくさんのおかめ人形が並んでいます。

同じようでどことなく違うのですね。。

 

 

布袋尊

 

境内には霊宝殿(有料)があり

快慶作の十大弟子像や六観音菩薩像

千手観音立像、銅像釈迦誕生仏立像など

たくさんの重要文化財が所蔵されています。

 

山号・・瑞応山

宗派・・真言宗智山派
ご本尊・・釈迦如来(重要文化財)、六観音
別称・・千本釈迦堂 
創建・・1221年(承久3年)
 
開山・・義空
札所 
新西国三十三箇所 第16番
京都十三仏霊場 第8番
ぼけ封じ三十三観音 第2番
ぼけ封じ近畿十楽観音霊場 第2番

 

〜 ご 詠 歌 〜

ひとすぢに 仏の教  たどりなば

 千本(ちもと)の道も 迷はざるらむ

 

 

御 朱 印

 

〒602-8319

京都市上京区七本松通今出川上ル溝前町
TEL・・075-461-5973
拝観時間 9時〜17時
拝観料(堂内と第二霊宝殿) 一般600円
・京都市バス「上七軒駅」下車 徒歩3分
・嵐電「北野白梅町駅」下車 徒歩15分

 

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